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花柳流の作品 花柳壽楽 振付作品 五耀會
花柳流の作品
綾の鼓
一人のいやしい菊づくりの男が、ふとしたことから桂の局という美しい女御をかいま見て、かなわぬことと知りながら、ひたすら恋心をつのらせます。人づてにそのことを聞いた局は、綾布で作った鼓をつかわし、「鳴らぬ」鼓にかけて「成らぬ」恋であることをさとしますが、もし音が出れば恋が叶うと信じた男は、夢中で鼓を打ちつづけるのでした。打てども打てども音は出ず、ついには気が狂った男は、池の岸を打つ浪やこだまの響きを鼓の音と思いちがえ、喜びのうちに局の姿を幻に見て、幻の招くがまま池の底へと落ちてゆくというものです。
『綾の鼓』は、作舞の手腕を高く評価され、数多くの名作を残した二代花柳壽輔師の代表的な作品のひとつ。昭和九年(一九三四)の花柳舞踊研究会での初演以来、その格調と品格は厳しく現在に継承されています。
綾の鼓
勝三郎連獅子
文久元年に杵屋勝三郎が作曲、初代花柳壽輔・芳次郎親子が初演しました。上手に3枚の二畳台を置き、清涼山に見立てています。谷に仔獅子を蹴落とすくだりはとりわけ激しい振りがついており、正次郎作品に比べ仔獅子が活躍する部分が多いのが特徴です。
後シテは手獅子を持って全身で獣の様を踊り、差し金の蝶に勇壮なクルイを見せます。
勝三郎連獅子
仔獅子:典幸 親獅子:三世 錦之輔(現寿楽)
勝三郎船弁慶
二世杵屋勝三郎作曲の『船弁慶』(明治3年、吾妻能狂言初演)に二世花柳壽輔が素踊りとして振り付けたのは昭和33年11月、渥美清太郎補綴で『船弁慶』と題して歌舞伎座で上演されたのが早いと考えられる作品。
内容は原典となる謡曲通りで、通常歌舞伎で上演される『船弁慶』(明治18年初演、三世杵屋正治郎作曲、初演初世壽輔振付)と構成は同じだが、静の別れが極端に短く、雅やがな都名所の舞もないのが特色です。
勝三郎船弁慶

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花柳壽楽 振付作品
釣狐
釣狐
初代 錦之輔(二世 壽楽)
昭和三十五年(一九六〇)、まだ錦之輔を名乗っていた祖父は、当時としては画期的な五日間連続の「花柳錦之輔舞踊公演」を開催しました。
『釣狐』は、その折に満を持して発表された作品のひとつ。芸術祭奨励賞を受けるなど世上の評価も高く、祖父にとって記念すべき作品になりました。
『釣狐』は狂言に題材を求めた作品。振付にあたって「原曲(狂言)のねらいを生かして、本行のキマリによって踊るように心がけた」そうです。そのために、九世三宅藤九郎先生のもとに通ったり、作詞の松本亀松先生や作詞の十四世杵屋六左衛門先生などと、入念な打ち合わせを繰り返し重ねたとも聞いています。
釣狐
初代 錦之輔(二世 壽楽) 故 泉徳右衛門
釣狐
二世 壽楽
釣狐
三世 錦之輔(現 寿楽)
烏小町
烏小町
小町:二世 壽楽
少将:二世 錦之輔 
『烏小町』は昭和三十八年(一九六三)に初演され、その後再演を重ねました。この作品について、祖父は次のように述べています。
「作者の御室晋は、照明家兼演出家の遠山静雄先生のペンネームで、俳優学校時代からの恩師。先生はこの作品のテーマと人物設定について『使い古された材料だが、深草少将を恋に悩む純情薄弱な男でなく、恋愛経験から虚無思想に転じ自爆して行く人間に置き換えてみた。そして小町こそ驕りの心からめざめて人間らしさを取り戻そうとするもどうにもならず、さりとて身を棄てる決心もなく、ただ老いて無為の形骸をさらす哀れな姿を心に描いてみた』と書かれています。また杵屋正邦氏が『この作品の音楽の構成は奇妙なものである。発声の異なる唄い手による重唱や、平均律的構造を持つ洋楽の木管と純正調的箏、十_弦の合奏、それら全体の演奏におけるさらに大きな問題など、難しい課題が数多く包蔵されている』と述べられていますように、和・洋の異なる音楽が各所で生かされ、予想以上の効果を上げてくれました。そして、出だしと終幕の謡に観世寿夫師の至芸を得て、私にとってはある意味での贅沢な作品です」。
烏小町
少将:初代 錦之輔
(二世 壽楽)
小町:故 吉村雄輝
烏小町
二世 壽楽
烏小町
小町:花柳小三郎 少将:三世 錦之輔(現 寿楽)
小鍛冶
謡曲に題材を借りた『小鍛冶』は、銘刀「小狐丸」が作られるまでの物語。一条天皇の勅命で刀を打つように言われた小鍛冶宗近ですが、相槌を打つものがいないためにいったんは断ります。しかし、重ねての宣旨に氏神である稲荷明神に祈るのでした。すると、ふしぎや明神があらわれて宗近の相槌を打ち、無事に刀を奉納することができたのでした。このおはなしは、さまざまに作曲上演されていますが、本日ご覧いただくのは、元治元年(一八六四)に初演されたもので、一般に『新小鍛冶』と呼ばれている作品です。
小鍛冶
小鍛冶:二世 壽楽 宗近:二世 錦之輔
小鍛冶
宗近:二世 壽楽
小鍛冶
宗近:三世 錦之輔(現寿楽) 小鍛冶:典幸
一人の乱
平安中期、反乱を起こした東北の安倍一族に対し、朝廷は源頼義に追討を命じます。その最中、傷ついた鷺を助ける宗任に、頼義は尊敬の念と人の情を感じ、しばし戦闘を中止させるのでした。ほどなく頼義は安倍一族を鎮圧、宗任を捕らえます。この作品が描くのはその三年後。鎮守府将軍になった頼義は、投獄されていた宗任を呼び三年前の戦場での話をし、奥州平和のため治世に協力することを頼みます。宗任は快諾し、酒を酌み交わしますが、夜が明け、砦の向こうに広がる奥州の山々を目にしたと時、逆賊となってでも故郷の山河に殉じたいと願い、頼義に刃を向けます。頼義は取り乱すこともなく、宗任の心根を察し弓矢を与えたうえで死所を得させるのでした。
昭和六十年(一九八五)、初演。敵味方として戦いながらも、互いの武勇を認め、逆賊の汚名を着てでも故郷に殉じたいと願う宗任に、頼義もまたその心情を察して死に場所を与える。ふたりの間の緊迫したドラマをシンプルな素踊りで描いた祖父の会心の作品です。
一人の乱
宗任:二世 壽楽 頼義:故 花柳輔三朗
一人の乱
宗任:典幸 頼義:三世 錦之輔(現寿楽)
一人の乱
一人の乱
郭の寿
『廓の寿』は文化元年(一八〇四)に、初代の都一中が江戸へ下った折に作られたということですから、今から二百年ほど前の作品になります。明暦頃(一六〇〇年代後半)に、大火によって日本堤に移された「新吉原」の風俗が華麗な詞章で描かれています。しかし「今日からすると難解な通言葉が多くて、意味を知るのに骨が折れましたが、これも楽しみのうちでございました」と、振り付けた祖父のことばにあります。粋、そして意地と張りを競った吉原の一端を描ければと思っています。
廓の寿
廓の寿
廓の寿
八島
この作品は謡曲の『八島』の後半部分を地唄にしたもので、天明期(一七八一〜八八)以前につくられたといわれています。
ここは讃岐、春の夜の朧月がかかる屋島(八島)の浦です。西行法師の「嘆けとて月夜はものを思はする かこち顔なるわがなみだかな」という古歌から、舞台は一転して源平の合戦のときへとタイムスリップします。源義経と平(能登守)教経が今なお戦いつづけるすさまじい修羅道。しかし、やがて春の夜は明けて、すべては一夜の夢と消え果てるのでした。
「江戸の踊り、京大坂の舞い」とよく言われますが、地唄の『八島』にはすでに舞いの先行作品があります。それでは『八島』を踊りにしたらならどうなるだろう。そこから祖父の新しいチャレンジがはじまり、舞いの世界のみなさんにも評価をいただいた作品です。
八島
八島
二人椀久
『二人椀久』は、近年最も人気の高い演目の一つであり、狂乱の果てに眠ってしまった椀久が、夢に現れた遊女松山とともに昔をしのんで恋模様を演じるという構成は、人間の深層心理に根差し、現代感覚に満ちている作品です。
戦後、初代尾上菊乃丞の振付で人気曲となった『二人椀久』を父が新しく振り付けたのは1985年。父の『二人椀久』は、小道具をなるべく使わなかったり、紗を使った打掛の誓い方に新味を出したり、松山の出に舞台奥のすっぽんを使ったりと、視覚的な効果や演劇的な構成を重視した振付が多く、そこに新しさがあるような気がします。
二人椀久
二世 錦之輔
二人椀久
三世 錦之輔(現寿楽)

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五耀會
松竹梅
鶴亀などとともに吉祥の象徴とされる松竹梅を、春から秋にかけての季節の移り変わりの中で詠んだ曲です。
三ツ橋勾当がこの曲を作曲するために、弁天様に祈請したというエピソードも名高く、大阪の手事物の代表的な曲です。
松竹梅
松竹梅
七福神船出勝鬨
相変わらず戦争を繰り返し、大恐慌に見舞われる下界を嘆く七福神が、世界を救うため宝船で漕ぎだそうという壮大なテーマを持ち、ユーモアにも富んだ作品です。作・演出をお願いした植田紳爾先生は、次のように語っています。
「古典の手法を使用して現代世界の問題意識を盛り込んだらどんなものになるのか。とにかく世界は揺れている。環境問題、高齢化問題、経済不況、戦乱など今日を生きる者が避けては通れない難しい問題を少しでも感じて戴けたら幸いである。」
七福神船出勝鬨
七福神船出勝鬨
旅
江戸っ子の東海道五十三次道中を描いた作品。作詞は『河』や『熊野』などを手掛けられた田中青滋先生、作曲は邦楽の創作に力を尽くされた三代目今藤長十郎師です。
旅の途中で次々と展開していく宿場や名所の様子を軽妙にし分けるのが、この作品の見せどころとなっています。
旅
旅
一人の乱
平安中期の昔、捕えられた敗軍の将安倍ノ宗任と捕えた源頼義との間に生まれた尊敬と友情が主題になった作品。
白い紙の上を走る鮮やかな墨の跡のように、シンプルで力強く生きた男二人の友情、男のロマンを美しく表現しています。
一人の乱
一人の乱
八島
座敷で行われる「舞」の地(伴奏曲)である地歌を「踊る」。祖父はそこに面白さや練り甲斐を感じていたように思います。この公演では、私に合うよう新たな振りを積極的に取り入れることで、随所に試みを施した、いわば『進行形の作品』です。
地歌の良さも意識して動きを抑えながら、どう感情を表現するかを考えました。地歌を「踊る」ことにチャレンジしてみた作品です。
八島
八島

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